株式会社さくらコミュニティサービス 北村晃久さん
カテゴリ: インタビュー 2009 年 2 月 6 日
株式会社さくらコミュニティサービス 人材サービス事業部 メインキャスト
http://www.main-cast.jp/osigoto.php
北村晃久さん
北村さんとの出会いは昨年の夏。
紹介してくださったのは社会保険労務士の村上さん。
http://aoyamashimai.com/blog_yuka/?p=327
今月中旬から4日連続で「就職応援セミナー」の講師をすることになった。
昨日も北村さんと打ち合わせをしていた。
いつも最高の笑顔で迎えてくださり、場を盛り上げてくれて、優しくて
頼りがいがあって、何でもついつい話してしまう、昔からの知り合いだった感じがする方だ。
「最近、南海キャンディーズの山ちゃんみたいって言われるんですが、あんまり嬉しくないですねー(笑)」
*南海キャンディーズhttp://talent.yahoo.co.jp/talent/21/g06-0054.html
北村さんのお仕事は、登録されたスタッフさんと、医療機関や福祉施設をつなぐサポート。
「希望される企業さんにご紹介して、面接で合格されて、スタッフさんに喜んでもらえることが1番嬉しい瞬間ですね」
ヘルパーさんと向き合う北村さんに話を聞いた。
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お笑い芸人を目指していた。
コンビ名はシグナル。
幼馴染の3人でコンビを結成。ボケ担当。
「3人で何か資格を取ってから上京しようってことになったんです。だったら元々興味のあった介護の専門学校にでも行こうと思いました」
他の2人には一切どこに行くか、どんな学校に行くかは伝えていなかった。
介護の専門学校に入学し、周りを見てみると、他の2人もいた!
「ビックリしましたよー!なんでいるの?って感じで。一切進学先の話をしていなかったのに、偶然また3人で通うことになったんです」
専門学校で介護の勉強をするうちに、もっと勉強して必要とされる職場で働いてみたいと思うようになった。
「オレ、福祉の方に本気で取り組みたいんだって伝えました。2人もわかってくれました。やり甲斐がある仕事だと思ったんです」
コンビを解散。介護の資格を取得し、専門学校を卒業。
苫小牧の病院に勤務することになった。
当時、北海道に数少なかった認知症専門の治療病棟に配属が決まり
意思疎通がほとんど取れない患者さんの介護をした。
「話せなくても、ぼくの言葉がわからなくても、表情やちょっとした仕草でぼくへのメッセージがわかるんです。患者さんの思いを汲み取れるよう、注意深く表情を見てきました」
介護の仕事は数字で表れる仕事ではない。
「うちに帰りたい」と泣いたり騒いだりする患者さんを励まし
ジレンマを感じながらも患者さんの家族のように接してきた。
「本当に厳しい環境だったんですね。辛いことも多くて。だから3日もてばいいかなって、すぐ辞めるかもしれないなと思っていたんです」
想像以上に過酷だった。
でも、いつからか患者さんのことが大好きになり、介護という仕事に心から誇りをもてるようになっていった。
「第二の家族になれたことや、仕事をしながら学ばせてもらって、本当に続けてきて、介護に携われて良かったと思っています」
高齢者の介護、認知症患者さんの介護をしていて涙があふれそうになったことも。
「患者さんの中に5分前のことでも忘れてしまう方がいたんです。でも、ぼくの顔だけは覚えていてくれた。気づいてくれるんですよね。間違ったことをしていなかったんだって感動したのを覚えています」
頑張ればそのひとの生活の中に入っていける。
思い出のひとつになれる。
家族のように思える。
そして患者さんにも家族のように思ってもらえる。
「亡くなった方を数多く見てきました。すごく仲良くしていたおばあちゃんが亡くなったり、おじいちゃんが亡くなったり、一緒に遊んだ若い子も亡くなるんです。家族のようでしたから本当に悲しいもの。でも、その方の記憶に残れたんじゃないかなって」
入院生活は決して楽しいものではない。
1人で何もできないと思っている患者さんも多い。
少しでも家のように過ごしてもらえるために、すべてをやってあげるのではなく
1人で生活できるようにサポートするのが仕事だ。
「重い病気であっても1人の人生の先輩として一緒に生活していくんです。そうすると少しずつ、本当に少しずつですが1人でできることが増えていきます。それが自信にもなりますからね」
苫小牧の病院勤務の後、デイサービスで5年勤務。
ユニット責任者として認められ、介護のプロとして約10年現場にいた。
「現場の仕事をわかっているからこそサポートができるんじゃないかって、中元専務に声をかけていただきました。昨年春から人材サービス事業部に配属されました」
ヘルパー1級、2級を取得されたスタッフさんに施設を紹介したり
紹介できる求人を集めたり、双方に喜ばれる取り組みをしている。
「介護の仕事は、ひとのために、相手のためにを考えられるひとじゃなきゃ勤まらないハードな仕事だと思います。生活援助をしてあげることが仕事です。そのひとにとって何が必要かをきちんと見極めることも大切ですね」
3Kと言われるほど、厳しい仕事だ。
でも、究極のサービス業ではないだろうか。
「厳しいのは当たり前です。その中でどうやり甲斐を見つけられるか、楽しみを見つけるという言葉は軽すぎるかもしれませんが、学べることはとてつもなく大きい。現場のスタッフさんには頑張ってもらいたいです」
「ひとの一生」を見てきた北村さんは、すべてを包み込んでくれるような、とっても優しい目をしている。
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3人の子供をもつパパ。
奥さんとラブラブな様子が、話していて伝わってくる。
現場のスタッフから離れても福祉という社会に貢献できるように頑張りたいと話していた。
キツいと言われる仕事を乗り越えられる人にしか出せないオーラがあるもの。
北村さんは誰でもすぐにファンにさせられるオーラがある。
北村さんのあふれる魅力を、株式会社さくらコミュニティサービスの中元秀昭専務も認めている。
中元専務はこう話す。
「ひとが足りていない病院や施設に多くのスタッフを送り込むことが彼の仕事。彼だからできることだと思っています」
北村さん
「専務、それはとってもプレッシャーです」
「現場スタッフで介護をしていたときに、おばあちゃんにモテモテで、ぼくの取り合いになったこともあったんですよ。いやー、モテてたなぁ。40歳以上の年上の方限定でしたけど(笑)」
相手を思いやる心は、いつでもどんなときでも伝わるものだということ。
北村さんには本当に大切なことを教えていただきました。
ありがとうございます!!
また再来週お会いできるのを楽しみにしていますね。













