行政書士 成田眞利子さん
カテゴリ: インタビュー 2009 年 3 月 4 日
NARITA国際法務行政書士事務所
行政書士 成田眞利子さん。
私も所属している北海学園大学の同窓会幹事の先輩だ。
初めてお会いしたとき、とっても魅力的でついつい話しかけてしまった。
北海学園大学の先輩に「女性の働き方」について教えてもらった。
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高校卒業後、自衛官(陸上自衛隊)になる。
タイピストとして書類を作ったり、総務の仕事をしたりしていた。
自衛官になって2年目のこと。
「一度は挫折しましたが、やっぱり大学に行きたいなって思ったんです。もっと学びたいと。それで北海学園大学法学部の2部に入学しました」
昼間は自衛官。
夕方から大学に通い、大学から帰ると宿舎にある自習室で消灯時間後にも勉強した。
大学在学2年目、行政書士の試験に合格。
「時間やチャンスがあったらとりあえず何か見つけてやりたいんです。やれることは全部やりたい!できるチャンスがあるならやってみたほうがいいじゃない」
働きながら大学に通い、国家資格まで1発合格できるパワーはどこからくるんだろう。
「行政書士の試験と並行して、職場の昇進試験もあったんです。ペーパーテストだけじゃなく、体力テストや実技試験もあったんですね。職場や仲間の支えもあって三等陸曹に昇任することができました」
東京で研修も受けたが、思うところがあって自衛官を辞めることを決意した。
「丸4年自衛官という仕事をしました。大変貴重な経験が出来ました。」
その後、北海学園大学法学部の判例実習室で臨時職員として勤務。
その中で結婚し、出産も経験した。
「当時出産後の復職は例がなかったんです。出産後1カ月で復帰したんですが、それはもう本当に大変で。まず体力がないからフラフラなんですよ。でも受け入れてくださった大学には本当に感謝でしたね」
動いていないと自分じゃない。
働いていたい。必要とされる職場で働きたい。
臨時職員として4年勤務し、判例の見つけ方や調べ方を学んだ。
「大学に通ったことで臨時職員という仕事もさせていただきましたし、今でも仲良くしている仲間もできました。また、仕事仲間として付き合っている友達も数多くいます。」
数年は専業主婦として家事や育児に時間を割いた。
でもやっぱり何かぽっかり穴が開いたようだった。
民間の建設会社とのご縁があり、行政機関や官公庁を中心とする営業をすることになった。
毎日毎日担当者に挨拶をしに行くような感覚で足を運んだ。
「振り返ってみると、男性社会を転々としてきましたね」
自衛官では、男性と一緒に訓練や試験を受けた。
判例実習室では、教授や学生(当時は大半が男子学生)の要望に答えるべく膨大な資料の中から判例や書類を見つけた。
建設業の営業職はほとんどが男性で、女性は珍しい存在だった。
「仕事で行政機関の営業まわりをしていたので、行政に対して堅苦しさとか、入りづらいとかっていう感覚がないんですね。行政書士として仕事をする上で今までのすべての仕事が活きています」
年齢の壁にぶちあたった30代半ば、行政書士の資格を思い出した。
小学生だった息子に「人生は1回だよ!やってみれば」と背中を押され、開業を決意。
37歳で登録し、行政書士として仕事をすることになった。
「悩んでいても仕方がないなって、まずはやってみようと思いました。今年で13年目。小さな机と椅子、電話とファックス、カラーボックスからスタートしました」
国際法務行政書士事務所として、外国から日本に来て働くための在留資格認定証明書交付申請の書類作成や
日本での留学から就労等への在留資格変更申請や在留期間更新申請に関る書類作成の仕事をしている。
日本のみならず海外からもメールがきたり、相談依頼がくる。
仕事や研修で台湾、香港、ロシア、パリ、ソウルにも行った。近々、フィリピン訪問の予定もある。
「ひとつの書類を作るためにその国の歴史・文化を含め勉強をしなければいけません。ひとつの仕事に集中するために他の業務をストップして勉強したこともあります。夢の中にまで出てきたりもしました。書類作成から1年かかって認定された案件もありましたね」
不可能だとみんなから言われる難しい仕事だからこそ燃える。
自分にしかできないことだから頑張れる。
「できないと言われれば言われるほどやる気になるんです。それは私を応援してくれる周りの支えがあって助けて下さるひとがいるからできることだと思います」
たった1度だけ事務所をしめようかと思ったこともあった。
次々にくる依頼のお陰で、頼ってくれるお客様のお陰で救われたこともあった。
情報収集するためには海も渡る。外国にも飛んでいく。
「新しいことを学び、新しいことを次々に得ていかなければいけません。わくわくしながら仕事をしています。すごくあり難い環境です。今までの仕事が全部活きています」
夢は今よりももっと海外に行って仕事をすること。
プライベートの夢は車の競技者ライセンスを取ること。まずは、国内B級のライセンスから。
本も書きたい。エッセイなどの執筆活動もしていきたい。
やれることに制限をかけなければ、自分でセーブしなければどんな道も切り開けるということを、先輩から学びました。






























